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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)7406号 判決 1973年5月01日

原告 井上正治

被告 国

訴訟代理人 真鍋薫 外三名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙目録(一)記載の陳謝文を、別紙目録(二)記載の条件で官報に掲載せよ。

2  被告は原告に対し、金一〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および第2項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は昭和四四年当時九州大学教授であつたところ、同年三月六日開催の同大学学部長会議の推薦に基づき、同月一一日同大学評議会によつて同大学学長事務取扱に選考された。そこで、当時の九州大学学長事務取扱原俊之教授は、同月一二日同大学庶務部人事課長舟橋昭夫を文部省に赴かしめ、同人に人事異動上申書を提出させて、文部大臣(坂田道太)に対し、原告を学長事務取扱に任命すべき旨申し出た。しかるに、文部大臣は、九州大学の督促および抗議にもかかわらず、原告を学長事務取扱に任命しないまま日を過ごし、その後同年五月二一日の上記学長事務取扱原俊之教授の申出に基づき、同月二四日同大学医学部長問田直幹教授を学長事務取扱に任命するに至つた。

(二)  教育公務員特例法(以下、教特法という。)一〇条は、大学の学長の任用は、大学管理機関の申出に基づいて、任命権者が行なう旨定めている。ところで、右の任用にあたり任命権者たる文部大臣は、憲法二三条の保障する学問の自由に由来する大学の自治の原則から、大学管理機関たる学長の申出に対してその当否の実質的審査権、いわゆる拒否権を有しないと解すべきである(最高裁昭三八・五・二二大法廷判決参照)。そして、右の教特法の規定は学長事務取扱を置かなくてはならない場合にも当然準用されるべきであるから、文部大臣は、前記申出に基づいて原告をすみやかに九州大学学長事務取扱に任命すべきであつた。けだし、学長事務取扱は、学長が任期満了、辞任、死亡等によつて欠員となり、後任が任命されていない場合、または学長が病気、海外出張等のためその職務の執行ができない場合に、当該大学の学部長、教授等のなかから、その本来の職務に従事しながら臨時、応急に大学内および大学外に対し学長のすべての権限を代理して行使するために指定される者であり、かような性質に鑑みれば、文部大臣が学長事務取扱を命ずる行為は、併任に準ずる「任命行為」と解すべきだからである。

しかして、現行憲法施行後、文部大臣が学長等の任命について大学の申出を拒否した例は全くなく、学長、学長事務取扱のいずれについても大学の上申から数日をまたずして発令されてきたにもかかわらず、本件において文部大臣が正当な理由なく前記のとおり二か月の長きにわたつて放置し、右の発令をしなかつたのは、その職務上の義務を懈怠したものにほかならず、かかる不作為は憲法二三条、教特法一〇条に違反し、違法なものというべきである。

(三)  文部大臣の前記発令義務の違背は、発令の拒否に比すべきものであるから、原告が学長事務取扱あるいは国立大学教授として不適格であるという評価を権威的に決定づけたものであり、誹毀的意義を有するといわなければならない。加えて、文部大臣のかかる態度は社会に対して公表された。すなわち、<1>昭和四四年三月二〇日付朝日新聞によつて、文部省大臣官房長安嶋弥名義で九州大学長あてになされた別紙目録(四)記載のような同月一七日付調査照会がスクープされたところ、その際安嶋官房長は同紙に見解を発表して、調査の間は発令を保留することを確認し、これによつて叙上の態度が社会に対して公表された。<2>前記のごとく、ながらく学長事務取扱の発令がなければ、通常の経緯としてこれが新聞、テレビ等によつて社会一般に報道され、その結果国会でも論議を呼び、この点につき文部大臣において答弁しなければならなくなることは当然予測されなければならないところ、果して実際にも右のような経緯をたどり、文部大臣の態度は社会に公表されるに至つた。

(四)  しからば、原告は、右第(二)および第(三)項に記載した文部大臣の所為、すなわち誹毀的意義を有する不作為に基づいて、国立大学教授として最高学府において学間、教育にたずさわる者の有していた社会的評価を低下せしめられ、かつその名誉感情を甚だしく傷つけられた。これは、まさに文部大臣が学長事務取扱の任命権者として、その職務を行なうにあたり、故意に原告の名誉を毀損したものにほかならない。

よつて、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項、四条(民法七二三条)に基づき、原告の名誉を回復するため、請求の趣旨第1項記載のとおりの陳謝文を官報に掲載し、かつ、原告の蒙つた精神的苦痛を慰藉するため、金一〇〇万円を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因第(一)項の事実は、人事異動上申書の提出の日時を除き、いずれも認める。舟橋課長が文部省を訪れた際には、人事異動上申書の提出はなく、右上申書は、昭和四四年三月二二日書留速達郵便によつて文部省に提出されたものである。

(二)  同第(二)項のうち、教特法一〇条に主張のような規定のあることおよび学長事務取扱が主張のような場合に発令されることは、いずれも認めるが、その余は否認する。

(三)  同第(三)項のうち、本件に関して国会において論議がなされ、文部大臣がこれについての答弁をしたことおよび文部省大臣官房長安嶋弥名義で原告主張のような調査照会がなされ、かつ、その主張の日の朝日新聞に主張のようなスクープ記事が載つたことは認めるが、その余は否認する。

(四)  同第(四)項は争う。

三  被告の主張

(一)  文部大臣の行為に違法はない。すなわち、

1 国立または公立の大学は学校教育法にいう大学であり、その目的とするところは、同法五二条にいわゆる「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、一深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させること」にある。したがつて、一方においてそのような国立または公立の大学の学長、教員および部局長の任命を任命権者の裁量のみに委ねることは、右の大学の目的に照らして妥当ではなく、何人が右の学長等としても最も適任であるかについて、妥当な判断をしようとすればなしうると一応認められる当該大学管理機関の申出を待つとともに、他方、右機関の申出のあつた者を任命することが明らかに不適当な場合には、そもそも右の学長等が憲法一五条一項にいう公務員である以上、任命権者たる文部大臣としては、大学管理機関の申出にかかわらず、その申出のあつた者を任命しないことができるものと解されなければならないことは当然である。そして、学長事務取扱については、教特法一〇条の適用のないことは文理上明らかであり、また学長と学長事務取扱とは以下に述べるようにその性格を異にするものであるから、発令手続が同一でなければならぬことはない。すなわち、一般に学長事務取扱の発令は、学長が欠けあるいは学長に事故があるときに大学の事務運営上の必要から臨時的かつ緊急的な措置としてなされるものであること前記のとおりであるから、場合によつては文部大臣は大学からの上申をまたずに発令する必要さえあるのであり、したがつてこれにつき特別の選任手続を必要としないものである。現に本件において、原告を学長事務取扱に発令されたいとの九州大学からの上申も、大学管理機関である大学協議会ではなく、大学評議会の議決に基づいてなされており、学長任命の場合とは同一の手続を経ていない。要するに、右発令の法的性質は国家行政組織法(以下、行組法という。)一〇条に基づく職務命令であり、法律上大学管理機関の申出に基くべきものではないから、運用としては当該大学の意向を可及的に尊重するのが妥当であるとしても、その発令が大学側の申出に依拠したものでない場合にも、当不当の問題が生ずることのあるは格別、違法の問題の生ずる余地はない。

2 仮に、学長事務取扱の発令について、教特法一〇条が準用されるとしても、学長について述べたように、大学管理機関の申出があつた場合、任命権者はその申出のあつた者を必ず任命しなければならないものではなくその者が法律上当該職に就く資格を有しない者であるときはもとより、その者を任命することが大学の目的に照らして明らかに不適当と客観的に認められるときには、申出を拒否することができるというべきである。

3 原告に対し学長事務取扱の発令をしなかつたのは、発令を拒否したのではなく、次の経緯で発令を一時保留したものであり、文部大臣の右発令保留に違法はない。

(1)  週刊誌「サンデー毎日」昭和四四年二月二日号(一一〇頁ないし一一四頁)に、「二人の井上教授-その〃勇ましかつた発言〃」という見出しで、別紙目録(三)記載の内容の記事が掲載されたところ、その後国会において、右に記載されていた原告の諸発言は、国立大学の教授として、また国家公務員として、法令を遵守するとともに政治的中立性を保持すべき義務に反するものではないかという疑いから前記のように再三にわたつて論議の対象に取り上げられ、それについての質疑がなされた。

(2)  文部大臣は、その職責上国会で答弁しなければならない必要にも迫られ、行組法一〇条所定の国立大学職員に対する服務統督権に基づき、時として本人の発言の内容ないし真意が正確に把握されにくいテレビ放送、あるいは週刊誌にあらわれた原告の前記諸発言の真否、真意、経緯等を確かめるため、前記のように大臣官房長をして昭和四四年三月一七日付をもつて九州大学長あてに別紙目録(四)記載の照会をなさしめたところ、これに対し、同大学学長事務取扱原俊之教授より同月二六日付で大臣官房長あてに、別紙目録(五)記載の回答がなされた。しかし、当時は既に原告を学長事務取扱に発令されたいとの上申がなされており、かつ、原告の発言として前記週刊誌に記載されていたところは、単なる個人的な意見に関するものではなく、国家公務員としての、また国立大学教官としての職務の執行に関連があると受けとられ得る趣旨のものであることから、文部大臣はその職責上、右発令のための資料を得るため、再度九州大学に対し、照会の趣旨にそつた回答をするよう要請したにもかかわらず、同大学からは何らの回答もなされないまま、前記のように同年五月二一日に至り同大学学長事務取扱原俊之教授から問田直幹医学部長を学長事務取扱に任命されたい旨の上申がなされたものである。

(3)  国立大学の学長事務取扱は憲法一五条一項にいう公務員であるところから、その任命権者である文部大臣としては、発令にあたり国立大学教官としての言動について正確な事実を把握し、場合によつてはこれを発令判断の資料とするのは当然の職責であり、またそれは学問、思想の内容について云々しようとするものでもない。したがつて、本件について右判断の資料となるべき九州大学からの回答がなされるまで発令をしなかつたこと、すなわち発令を保留していたことは適法な権限の行使であり、何ら違法のかどはない。

(二)  文部大臣の行為によつて原告の名誉は毀損されていない。

すなわち、

1 発令の保留は、国家行政組織内部における事務処理手続の進行をとどめていただけのことであり、何ら公表的なものはない。右発令の保留が原告主張のように新聞によつて「スクープ」されたものとしても、「スクープ」というのは、当事者が公表しないのに報道機関がこれを探知する類のことをいうのであるから、これが公表というにあたらないことは多言を要しないし、また、右の新聞において安嶋官房長が述べているところは、原告のいわゆる「スクープ」に対するもので、文部省としての見解の公表ではない。さらに、文部大臣が国会において答弁するのは、立法府に対する行政府の重要な責務であるから、もとよりこれも公表にあたるものではない。

2 仮に発令保留という態度が公表されたとしても、それが当人の名誉を毀損するような事実を理由とするものでないかぎり(例えば、当人が病弱であるというような理由による場合)、これにより当人の社会的評価を低下せしめるものではないところ、本件においては、未だ何ら原告の名誉にかかわる事実ないし意見を公にしたものはないから、原告の名誉が毀損されてはいない。

3 文部大臣が、原告の発言として週刊誌に記載されたところについて九州大学からの回答を求めて、その間発令を保留しているということは、社会一般も認識し、またそれ以上の認識はなかつたのであるから、仮に原告の国立大学教授としての社会的評価の低下があつたとしても、それは原告自身の言動に対する評価に基づくものといわねばならない。もし、右発言の内容がそれ自体社会一般に知られても何ら原告の学長事務取扱としての適格性を疑わせるおそれのないものであるというのであれば、それについて文部大臣が調査をし、その間発令を保留していることが社会一般に知られたとしても、それだけのことによつて原告の社会的評価を低下せしめるごとき道理はないから、文部大臣の行為と原告の社会的評価の低下との間には因果関係がないものというべきである。

四  被告の主張に対する認否および反論

(一)1  被告の主張第(一)項1のうち、本件における九州大学からの上申が大学評議会の議決に基づいてなされていることは認めるが、その余は争う。文部省設置法五条一項一八号、二項によれば、文部省(文部大臣)は国立大学に対して「その運営に関して指導と助言を与える」権限を有するのみで、指揮監督権を有するものではないから、これに前記大学における自治の原則を考え合わせれば、学長事務取扱発令の法的性質が行組法一〇条に基づく職務命令であり得ようはずがない。

元来大学は、国家の施設として一般的には特別権力関係の下にあつて行組法一〇条にいわゆる「統督」の権限に服するとしても、大学自治の原則を認めなければならない限度においては、この特別権力関係の外に置かれるべきものである。けだし、大学を全面的に特別権力関係のもとに置くことは、大学を官僚の支配の下に委ねることになり、学問の自由は全く否定されてしまうからである。また、被告の主張するような、学長事務取扱を大学の上申を待たずに発令する必要のある場合はまず存しない。九州大学についてみても、「総長の代理を行なう先任学部長についての申合せ」(昭三五・三・一評議会決定)なる内規があり、これによつて緊急事態に対処し得るよう必要な手当てがされているから、右のような場合を考えることができないのである。さらに、学長事務取扱は、その応急的、臨時的な性格から教特法四条による手続の完全な遵守ができない場合があつても、評議会のような大学の最高機関による選考が行なわれた以上、これによつて大学の意思は明らかにされ、学長選任に準じた手続が履まれたものとみるべきであるから、この場合にも同法一〇条を準用して、文部大臣は右の選考に基づく上申を尊重すべき義務を負うものである。

2  同第(一)項2は争う。被告主張のような例外を認めると、その例外を判断する者が任命権者そのものであることからその檻用の危険があり、ひいて大学の自治が侵される虞れがある。したがつて、文部大臣には如何なる拒否権もないものと解すべきである。仮に被告主張のように文部大臣が学長事務取扱の発令について、裁量権を有するとしても、大学の人事については大学自治の原則によつて制約を受ける結果、「明らかに不適当と客観的に認められるとき」に限つて発令を拒否し得るのであつて、それが疑わしいときは、むしろ発令すべきことこそ、その職責といわなくてはならない。

3(1)  同第(一)項3(1) のうち、被告主張の週刊誌にその主張のような記事が掲載されたことは認める。しかし、ここにいわゆる原告の発言は、その内容において政治的中立性に反する疑いは全くなく、この点は人事院規則(昭二四・九・一九)および「政治的行為の運用方針について」(同二四・一〇・二八文部事務次官通知)に徴しても明白である。

(2) 同第(一)項3(2) のうち、大臣官房長名義による照会に対して、九州大学学長事務取扱より主張のような回答がなされたことは認める。

右の調査照会は違法なものである。すなわち、文部大臣において学長事務取扱発令の判断資料を得る目的でかような調査照会をなすことは、前述のように本来学長事務取扱の発令について裁量を行なうなどどいうことが許されないものである以上、服務統督権に名をかりた権限の檻用である。のみならず、仮に、被告主張のように発令前に調査照会を行なうことができる場合があり得るとしても、本件の調査照会は、原告の国立大学教授としての学問、思想の自由に関連する事項であるばかりでなく、原告の発言に対する大学当局の見解をはじめ、大学当局としてこれまでにとつた措置、さらには今後とろうとする措置までも報告するように要求しているものであつて、これは憲法二三条、一九条に違反するものである。

(3) 同第(一)項3(3) は争う。叙上のように、調査照会は違法なものであるから、これに対する正式の回答があるまで発令を保留するという文部大臣の行為も違法である。しかも、大学においては、永年の慣行によつて一たび学長事務取扱が選任されれば、その者が直ちにその職務をとることになるから、文部大臣の不発令により大学にとつて最も重要な人事はすべて停滞して大学は混乱に陥り、結局、学長事務取扱に選任された者も辞任を余儀なくされるのであつて、これはまさしく発令の拒否以外の何ものでもない。

(二)  同第目項はいずれも否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因第(一)項の事実は、人事異動上申書(以下、単に上申書という。)の提出の時期を除き。当事者間に争いがない。

ところで、原告は、上申書提出の時期について、これを昭和四四年三月一二日になされたものと主張する。しかしながら、右主張事実を認めるに足る的確な証拠はなく、むしろ、<証拠省略>ならびに原告本人尋問の結果によれば、九州大学庶務部人事課長舟橋昭夫は、昭和四四年三月一二日右上申書を携行して文部省に出向いた際、従来学長あるいは学長事務取扱の発令を求める上申書は、当該大学の事務局長が担当部課長とともに持参説明するのが慣行であつたことから、同省大臣官房人事課任用班主査橋本真より、本件についても事務局長自身が来向するよう求められ、上申書を提出しないまま事務局長の上京を待機するに至つたこと、翌一三日上京して来た山崎事務局長は、文部省で同省大臣官房人事課長諸沢正道と会い、同人に対し、上申書を受理して欲しい旨申し入れたが、同人より、同年一月中旬ないし下旬ころテレビ、週刊誌等で報道された原告の諸発言について、既に国会がこれを取り上げて質疑がなされており(週刊誌「サンデー毎日」の同年二月二日号に「二人の井上教授-〃その勇ましかつた発言〃」という見出しで、別紙目録(三)記載の如き内容の記事が掲載され、かつ、その後国会において右記事をめぐつて再三論議がなされたことは当事者間に争いがない。)、今後も相当の論議が予想される情勢であることから、かねて九州大学に対し、電話照会していた原告の諸発言についての調査報告がなされるまでは、上申書を受理するわけにはいかぬ旨説かれた結果、なるべくすみやかに右の調査報告をすることを約し、それまで上申書を預つてくれるよう依頼して、これを同人に手交したこと、そして同月一七日には文部省大臣官房長安嶋弥において九州大学長あてに別紙目録(四)記載のような調査照会をしたが(この点も当事者間に争いがない。)、九州大学はこれら照会のいずれにも回答をなさないまま同月一九日にあらためて上申書を書留速達郵便で文部省にあてて郵送し、右上申書は同月二二日送達されたので、文部省は同日これを受理したことが認められる。以上の事実によれば、同年三月一三日に諸沢人事課長のとつた措置の当否はともかく、上申書は、同月二二日に至つてはじめて文部省に受理されたものといわざるを得ない。

二  原告は、文部大臣が前項記載のとおり上申書の受理によつて、原告を九州大学学長事務取扱に発令すべき旨の申出を受けながら、昭和四四年五月二一日新たに問田直幹教授を任命すべき旨の申出がなされるまでの間、申出にそう発令をしなかつたことは、憲法二三条、教特法一〇条に違反し、違法な不作為にあたると主張し、そして、右の態度は文部省大臣官房長が新聞紙上で意見を表明したことにより公表されたのみならず、文部大臣はかかる態度が当然新聞等で公表されることを予測でき、事実そのとおりとなつて原告の名誉は毀損されたから、上記不作為そのものが原告に対する国家賠償責任の原因にあたる旨主張する。

おもうに、一般的に、公務員の不作為が違法な職務の執行として国家賠償責任の原因となり得るには、その前提として、公務員が法律上作為をなすべき義務を負い、これを懈怠した場合であることを要するから、本件における原告の立論に従えば、先ず、文部大臣が前記の申出に基づいて、原告を九州大学学長事務取扱に発令すべき法律上の義務を負担していたか否かが検討されなければならない。

(一)  教特法一〇条は、大学の学長、教員および部局長の任用について、「大学管理機関の申出に基いて、任命権者が行う。」旨定めている。

ところで、大学において自治が認められていることは縷述を俟たないが、右自治の原理は、大学における学問の自由、すなわち真理の探究、学術の研究の場としての大学における研究、教育ないし教授の自由の保障を実効あらしめるために、大学の管理、運営に対する外部からの不当な介入、制約を排して、これを大学自身の手に収めるべきものとする要求から必然的に生まれ、かつ徐々に醸成されてきたものであり、とりわけ、この自治は根幹である大学の教官そのほかの研究者の人事が大学の自主的決定に委ねられるべきことを要請し、かくて、大学の学長、教授そのほかの研究者は、大学の自主的判断に基づいて選任されるものとする人事の自治が、慣習法的に確立されるに至つたことは、明らかなところである。原告の援用する最高裁判決(昭三八・五・二二)も、「大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。この自治は、とくに大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。」と判示するゆえんである。

叙上のような大学自治の原理、なかんずく右原理の中核ともいうべき大学における人事の自治に鑑みれば、前記教特法一〇条にいう「大学管理機関の申出に基いて」とは、大学管理機関(同法二五条一項六号により、当分の間は学長)から申出がなされたときは、任命権者(国立の大学にあつては国家公務員法五五条一項により文部大臣、公立の大学にあつては教特法二五条二項により当分の間その大学を設置する地方公共団体の長)は、右申出が既に同法四条に準拠して大学の自主的選考を経たものとされる以上、その申出に覊束されて、申出のあつた者(それはおのずから一つの地位に一人だけと解さねばならない。)を任命すべく、そこに選択の余地、拒否の権能はなく、他面、申出がなければ、右の人事を行ない得ないものと解するのが相当である。もつとも、任命権者たる文部大臣あるいは地方公共団体の長は、その権限を適法に行使しなければならないこともいうをまたないから、申出が明らかに違法無効と客観的に認められる場合、例えば、申出が明白に法定の手続に違背しているとき、あるいは申出のあつた者が公務員としての欠格条項にあたるようなときなどは、形式的瑕疵を補正させるために差戻したり、申出を拒否して申出のあつた者を学長等に任用しないことができるといわなければならないが、しからざる限り、その申出に応ずべき義務、すなわち相当の期間内に申出のあつた者を学長、教員よび部局長として任命したければならない職務上の義務を負うものと解すべきである。

(二)  進んで、学長事務取扱の発令について教特法一〇条の規定の適用ないし類推適用があるか否かについて検討する。

1  学長事務取扱は、学長が任期満了、辞任、死亡等によつて欠員となり後任が未だ任命されていないとき、または学長が病気、海外出張等のためその職務の執行ができないときに、当該大学の学部長、教授などのなかから、その本来の職務に従事しながら、臨時かつ応急に大学内および大学外に対し、学長のすべての権限を代理して行使するため指定されるものであることは当事者間に争いがない。ところで、一般に、行政庁を構成する者が欠けたとき、またはこれを構成する者に故障を生じたときに、誰がその職務を代つて行なうかということについては、法令上の定めに基づいて当然に行なわれる場合と、代つてなすべき旨の発令があつてはじめて行なわれる場合とがあり、前者については内閣法九条、国家公務員法一一条三項、地方自治法一五二条一項などにその例を見るところであるが、国立大学における学長事務取扱については特別に法令上の根拠は存したい。そして、<証拠省略>に徴すれば、従来、国立大学における学長事務取扱の発令を求める場合には、慣例的に各大学において内規、慣行等に基づき適宜学内のしかるべき機関に諮るなどして学長事務取扱の侯補者を選考し、大学管理機関において文部大臣にその旨の申出をなし、同大臣は例外なく申出のあつた者を「学長事務取扱」(学長が欠けているとき)、もしくは「学長代理」(学長に故障があるとき)として発令しており、かつ、未だその申出をまたずにかような発令をした事例はないこと、しかし、発令については、学長の場合にはそれが閣議了解事項であり、発令にあたつて学長に採用する、または昇任させる旨の人事異動通知書のみならず、学長に任命する旨の辞令書の交付もなされ、発令の結果は、俸給の根拠準則あるいは一定の任期(教特法八条一項)など一般の教員とは異なつた待遇を受けることになるのに反し、学長事務取扱にあつては、発令も閣議了解事項ではなく、発令にあたつて学長事務取扱または学長代理を命ずる旨の人事異動通知書の交付があるにとどまり、発令後における俸給の根拠準則、また本来の職務が部局長であればその任期(同法八条一項)、一般教員であれば停年(同法八条二項)など、処遇についても従前と何ら変るところのないことが認められる。

2  以上のような学長事務取扱に見られる諸事実から推考すれば、国立大学の学長事務取扱として発令する行為は、任命権者である文部大臣が任命権の対象である学長が欠け、またはこれに事故のあるときに、臨時かつ応急にその代理者を指定する行為(指定代理)にほかならず、右の指定は、任命権の一環に含まれ、これに由来するものとして、ひつきよう任命の性質を具えるものと解するのが相当である。この点につき、被告はこれを行組法一〇条に基つく職務命令であると主張し、<証拠省略>も右主張に添う供述をする。しかしながら、<1>形式的には、人事院規則八-一二の七五条によれば、任命権者が人事異動通知書を交付しなければならない場合の事例として、「職員を採用し、昇任させ、転任させ、若しくは配置換し」(一号)たり、「臨時的任用」(四号)あるいは「併任」(五号)を行なう場合など、同規則に定める任用行為(五、一六、二〇条)にあたる場合を掲げているのであるから、学長事務取扱の発令について学長と異なり右通知書のほかに「辞令書」の交付がないことをもつて、これが任用にあたらないということはできないし、むしろ、同規則八-一二の二一条一項は、その二〇条をうけて、任命権者が「併任」を行なうことができる場合を列挙し、その中には「併任の期間が三箇月をこえない場合」(五号)という暫定的な事例を掲げていることからすれば、臨時的かつ応急的な性格を有する学長事務取扱の発令もまた同規則にいわゆる「併任」に含まれ、任用行為にあたると解することができること、<2>実質的には、大学における人事の自律性を尊重すべく、一時的にせよ学長と同一の権限を有する学長事務取扱の発令を、いわゆる特別権力関係において任命権者がその包括的支配権に基づいて発する職務命令とみることは、右自律性になじみ難い理と考えられること(従来、学長事務取扱の発令について行なわれていた手続上の慣行は、右自律性に極めて適合したものと思料される。なお、原告は、文部省設置法五条一項一八号および同条二項をもつて、国立大学の学長事務取扱の発令が職務命令たり得ないことの一つの根拠となし、また<証拠省略>にも同趣旨の記述があるけれども、これら条項は高等専門学校、研究機関などにも適用があり、大学のみに関する規定でないことは自明であるから、同条項から直ちに右の如き結論を導き出すことにはにわかに左袒し難い。)、以上<1>、<2>の諸点を踏まえて考えるとき、<証拠省略>は、たやすく同調し難いところである。

3  してみれば、国立大学の学長事務取扱に指定し発令するのは、任命行為として、学長等の任用に関する教特法一〇条の規定が類推適用されるものといわなければならない。ただし、その基礎となる選考過程ないし資格要件については、学長事務取扱の発令が緊急の事態に対処するための臨時的な措置であることに鑑みれば、必ずしも同法四条に規定する学長についての選考手続、資格を要するもの之は認められず、当該大学における内規、慣行等に従い、学長について定められている大学管理機関(同法二五条一項一号により協議会)の選考を経ていればもとより、そうでなくともこれに準ずる機関によつて、全学的な立場から自主的な選考を経たものと認められるならば、足りると解すべきであろう。

(三)  ひるがえつて、本件についてこれをみれば、原告が九州大学において学部長会議の推薦に基づき、同大学評議会によつて学長事務取扱に選考されたものであることは前記のとおりであり、そして、<証拠省略>および原告本人尋問の結果によれば、右の選考は昭和三五年三月一日評議会決定の「総長の代理を行う先任学部長についての申合せ」に則つて行なわれ、その結果、当時法学部長であつた原告が選ばれたものであることが認められる。しかして、右評議会は同二八年四月二二日文部省令第一一号「国立大学の評議会に関する暫定措置を定める規則」に拠るものであるが、旧制の国立大学においては、評議会が大学の最高の議決機関であつたことを考えれば、原告に関する選考手続は、前記の要件を充たすに足るものといつて差支えなく、従つて、右の結果に基づいて、当時の学長事務取扱である原俊之教授が文部大臣に対してなした上申書の提出については、教特法一〇条の類推適用があるべきである。

そして、原告に関する上申書の提出、換言すれば教特法一〇条にいう「申出」については、明らかな手続違背等の形式的要件の不備を認めるに足る証左はなく、また原告自身について、公務員の欠格条項に該当し、または同条項に比肩すべき明らかな不適格性を窺うに足る資料もないのであるから、文部大臣は、上申書の受理後、相当の期間内に原告を九州大学学長事務取扱として発令しなければならない職務上の義務を負担するに至つたといわねばならない。

もつとも、本件上申書の提出に先だち、週刊誌「サンデー毎日」昭和四四年二月二日号に、「二人の井上教授-〃その勇ましかつた発言〃」という見出しで、別紙目録(三)記載の内容の記事が掲載されたこと、その後の国会において右記事をめぐつて再三に亘り質疑がなされたことは、いずれも前述のとおりであり、そして原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨に徴すれば、原告が同年一月一三日のTBSテレビ「マスコミQ」において、また上記週刊誌の取材に対して、微細な点における正確性、ニユアンスの差異はともあれ、大筋において右記事にあるような趣旨の発言をしたことも、これを肯認し得るところである。他方、当時の社会情勢に眼を転ずるとき、同四三年半ばごろから、各所にいわゆる大学紛争が発生して、前述の如く自治を享有し、学問と理性の府であるべき大学が未曽有の混乱におちいり、翌四四年一月に至つては、東京大学の安田講堂事件に象徴されるような公の施設、建物の損壊や暴力行為の中で、大学の多くはその正常な機能が麻痺して、もはや自主的解決の方途を失い、やむなく警察力を導入することによつて辛うじて秩序の維持を保ち得ていた状況にあつたこと、そして九州大学もまた紛争を抱えた大学であつたことは、公知の事実である。さすれば、かような時期にあたつて、原告が、時として興味本位の扱いから真意をそのままに把握されにくい、一般大衆向けのテレビ番組あるいは週刊誌上で、簡にして断定的な発言をしたと見られることは、その形式、方法などから、学者としての純然たる学問上の意見とは受け取られずに、世上一般の誤解、紛議を招くおそれのある言動であつたことは否み難いところといわねばならないが、しかしながら、原告のかような形における発言の片言隻句をとらえて、直ちに国立大学の教員または学長事務取扱として、法定の欠格事由にも比すべき不適格性の存在を疑わしめるに足る事情となし得たいことも明らかである。従つて、これら原告の発言をめぐる諸事実は、叙上の判断を動かすものではない。

三  よつて進んで、文部大臣が昭和四四年三月二二日に上申書を受理しながら、同年五月二一日に至るまで、原告を九州大学学長事務取扱に指定しなかつたことが、相当の期間を超えた違法なもの、すなわち、通常の手続上やむを得ない期間を超えて長期に亘つて発令を放置したものといえるかどうかについて判断する。

(一)  <証拠省略>よれば、学長事務取扱について上申書の提出、受理がなされた場合には、当該大学の事務局長から選考の経過および結果、申出があつた者の経歴、特に管理職の経験の有無等の説明を受けて、選考手続の適法性および上申書の形式を点検し、上申書に添付すべき当人の履歴書および選考の経緯、結果等を記載した文書を作成したうえ、文部省大臣官房人事課任用班の職員を振り出しに、任用班主査、人事課副長、人事課長を経て、大学学術局の関係各課長、審議官、局長、さらに大臣官房長、事務次官の各中間決裁、最後に文部大臣の決裁を受けたのち、申出のあつた者に人事異動通知書を交付するという経緯をたどること、なお、右通知書の交付は、文部大臣が直接本人に辞令書を交付する慣行が確立している学長の場合と異なり、適宜の方法でなされていることがそれぞれ認められる。さらに、九州大学に対する調査嘱託の結果によれば、九州大学において学長事務取扱の発令を求めた事例としては、本件原告に先立つものとして昭和四四年一月の前記原俊之教授の場合をみるに過ぎないが、同教授に対しては文部省が上申書を受理してから六日で発令がなされ、本件後のものとしては前記門田直幹教授および同年八月に谷口鉄雄教授の場合があり、いずれも上申書の受理から発令までが三日であること、一方学長については、本件以前の事例では、上申書の受理から発令まで一四日ないし三〇日、以後の事例では右発令まで七日ないし一八日を要していることが認められる。以上の事実に、前述のように学長事務取扱が学長と異なり閣議了解事項ではないことを勘考すれば、文部省が学長事務取扱について上申書を受理してからその発令に至るまでに通常の手続上必要とされる期間は、最長の期間を考えても、三〇日あれば十分であると認めざるを得ない。

(一)  そうすると、本件においては、文部大臣は上申書を受理してから通常の手続上必要とされる期間を約一か月超えてもなお原告を学長事務取扱に発令しなかつたことになるわけであるが、これをもつて、不当に長期に亘つて発令を放置したものと評価し得るか否かは、所詮、本件における具体的な諸事情を勘案して決めなければならない。

そこで、案ずるに、<証拠省略>および原告本人の各供述ならびに九州大学に対する調査嘱託の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

1  国立大学の学長事務取扱の発令を求める申出は、大学紛争の発生以前においては、さほど事例を見なかつたところ、紛争の激化に伴つてにわかにその数を増したもので、ために法令上に根拠のない右発令の性格については、これまで十分に検討される機会も必要もなく、学説上においても定説はもとより、明確に意識してこの点を論じたものとてなく、また未だ裁判例も存しなかつた。けれども、文部省においては、学長事務取扱の職務の暫定性、応急性を重視して、これを任命権者の権限に当然に含まれる職務命令と目し、従つて教特法一〇条の適用ないし類推適用はないとするのが一致した見解とされ、また、原告を九州大学の学長事務取扱として発令を求める本件上甲に関連して、国会で行なわれた質疑に際しては、内閣法制局の係官においても、一般的に右発令の性質は検討中として明確な意見の表明を避けながらも、本件上申については、学長に関して定められている大学管理機関(協議会)の選考を経たものではないことを一事由として、同法一〇条そのものの適用、ひいて任命の拘束性はなかろう旨の見解を述べていた。

2  別紙目録目記載の内容の記事等について、昭和四四年三月一七日付で文部省大臣官房長安嶋弥名義をもつて九州大学長あて一に同目録四記載の照会をしたところ、これに対して同月二六日付で同大学学長事務取扱原俊之教授から同目録(五)記載の回答がなされたが(右の各事実は当事者間に争いがない。)、文部大臣としては、上記の照会を行組法一〇条に基づくものとし、かつこの照会に対し上記の如き回答では足りないとして、さらに照会の趣旨に添う具体的な内容の回答を求めるべく、その後再三にわたつて同大学事務局長を通じて督促を重ね、なおこれが得られるまでは原告を学長事務取扱として発令しないとの意向を有していた。一方、原告は、前記のいわゆる発言の後に、一部の新聞、テレビ上で右発言についての釈明(ここにいわゆる警察とは公安警察を意味する等)を行なうところがあつた。

3  原告に関する本件上申のなされた時点において、九州大学では、さきに昭和四四年一月に水野高明学長が辞任したため同月三一日付で前記のとおり原俊之教授が学長事務取扱に発令され、原告に関する本件上申がなされたのは、原教授が右発令後僅か一か月余りにして同年三月一一日ごろ病気を理由に同大学評議会に辞任を申し出た結果によるものであつた。

以上の各事実が認められる。しかして、これらの事実から推せば、<1>学長事務取扱の発令を職務命令と目する文部省の見解も、全く根拠を欠いた独善の論とはなし得ず、従つて、かかる見解に基づいて本件上申につき任命の拘束性はないとの立場からこれに対処せんとした文部大臣の態度を一概に非難することはできないこと、<2>原告のテレビ番組あるいは週刊誌上における発言は前叙のとおりの態様を有し、従つて、右発言は、研究者、学生を相手として、大学において、または学術的な機関誌等において研究結果を発表する場合と異なり、いわば社会的活動としての色彩を帯びたものといつてよく(純粋に学問上の意見、研究結果の発表であれば、上記の如き照会は、もちろん学問の自由を侵すものとして許されない。)、とりわけ、当時の大学をめぐる異常な情勢から、学長事務取扱に任ぜられれば大学の管理運営の責任者として、警察に対し出動要請の衝に当らねばならぬ事態の発生もおのずから予想されないではなかつたことを慮れば、任命権者たる文部大臣が学外において徒らなる紛議、誤解あるいは摩擦の加わることをあらかじめ避けるために、叙上のような方法によつて、直接九州大学または原告自身から何らかの釈明回答を得たいと意図したことは、発令すべき職務上の義務とは別に、行政上の措置として、また政治的配慮として是認できないものではないこと、<3>本件上申は、その機縁において当時の大学紛争の深刻さを示すとともに、その応急性の点においても、学長が欠け、または事故があるときに、当初なされる学長事務取扱発令の申出とは若干の相違のあることを否定し難く、総じて通常の場合とは別異の状況のもとに置かれていたこと、を認めざるを得ない。そうだとすれば、帰するところ、本件においては、文部大臣が前記のように通常の所要期間を約一か月超えてなお原告を学長事務取扱に発令しなかつたことについて、斟酌するに足る特段の事情があつたものといわねばならない。すなわち、文部大臣は未だ不当に長期に亘つて原告を学長事務取扱に発令しないまま放置したものとは断じ難く、文部大臣の右不作為をとらえて、合理的な期間を超えた違法なものとの法的評価を加えることは相当でないというべきである。

四  以上の次第であるから、文部大臣の不作為の違法であることを前提として、被告に対し国家賠償を求める原告の本訴請求は、その余の判断を俟つまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田四郎 萩尾保繁 早井搏昭)

目録(一)

陳謝文

九州大学評議会は、昭和四四年三月一一日貴殿を同学学長事務取扱に選考し、同学の大学管理機関は直ちにその任命を文部大臣に申出ました。しかるに、文部大臣が憲法第二三条及び教育公務員特例法第一〇条に違反してその発令をせず、貴殿の名誉を傷つけたことは甚だ遺憾であります。

ここに深く陳謝の意を表します。

文部大臣 奥野誠亮

井上正治 殿

目録(二)

(掲載条件)

一 掲載場所 官報最終頁の二段枠組

二 掲載回数 一回

三 活字の大きさ (一) 表題、文部大臣奥野誠亮、井上正治殿はいずれも一六ポ活字

(二) 右(一)以外の本文は一四ポ活字

(三) 表題と本文との行間は一〇ポ

(四) 本文と文部大臣奥野誠亮との行間は二〇ポ

(五) 文部大臣奥野誠亮と井上正治殿との行間は二〇ポ

(六)本文の行間は六ポ

目録(三)

(記事内容)

(1)  原告は、昭和四四年一月一三日午後一一時一五分から同四五分までの間放送されたTBS(東京放送)テレビの報道番組「マスコミQ-スクラツプかシンボルか-九大ジエツト機引下しの波紋」において、大原麗子デイレクターの「あなたの敵はだれですか。」との質問に対して、「私の敵は警察です。警察は私を敵視しています。」と答え、また、「(墜落した米軍ジエツト機の)機体の処理はどうしますか。」との質問に対し、「大学の構内に厳重保管する。引きわたしを強制されたらあくまで戦う。公務執行妨害罪でつかまれば法廷で戦う。……」と答えた。

(2)  週刊誌「サンデー毎日」の記者が原告を九大法学部長室にたずねた際、原告は、 「安保は違憲であると私が公けに唱えることは、国家公務員法や教育公務員特例法に違反するでしよう。しかし、基地撤去の運動を進めてきたのだから、ある意味では九大全体がそういう法律に違反することになります。問題は学問的信念から出た行為かどうかです。」「……権力側は機体を九大内に保管しておくことは、横領罪だとか窃盗罪だとかいつて一方的に返却をせまつてくるに違いない。そのときは反対デモの先頭に立つ。公務執行妨害罪に問われてつかまるときがあるかもしれない。しかし、それはもつけの幸いだ。安保が違憲であることを法廷で主張するチヤンスが与えられるからです。」「われわれは教育の中立、大学の中立というワクにしばられているが、そのワクを踏み越えても、自分の見解をはつきりさせなければならない。」等の発言をした。

目録(四)

井上正治教授の言動に関する調査について(照会)

貴学井上正治教授(法学部長)の言動については、先般来、週刊誌等に報道されておりますが、この件に関し、下記の事項について調査のうえ、すみやかに文書で御報告願います。

(1)  井上正治教授の一月一三日TBS「マスコミQ」における発言及び、サンデー毎日二月二日号一一〇頁から一一四頁に掲載された発言について、その事実の有無、事実とすればその内容等について

(2)  井上正治教授の上記の言動が事実である場合に、これに対する大学当局の見解、大学当局としてこれまでにとつた措置及び今後とろうとする措置について

目録(五)

井上正治教授の言動に関する調査について(回答)

三月一七日付け文人審第五二号でご照会のこのことについて、本学は、教授個人の学問思想の自由に関連する事項についての調査照会に対しては、回答すべき筋合のものではないと考えます。このような照会は、まことに遺憾であります。

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